2016年8月17日水曜日

Q.匿名化した診療情報をまとめて、学会発表をしたいと考えています。診療業務の延長であり、論文にするかどうかわかりませんが、倫理審査の申請が必要ですか?

Q.医療機関で働く医療従事者です。過去の診療情報を、匿名化を行ったうえで集計と分析、検討を行い、学会で報告したいと考えています。具体的に用いるデータは、患者の年齢、性別、疾患名、検査値、日常生活動作の評価、多職種チームによる介入歴等です。診療業務の延長だと思いますし、論文にするかどうかわかりませんが、倫理審査の申請やその他どのような倫理的配慮が必要でしょうか。

A.診療で得られた情報のみを匿名化して分析と発表を行い、分析用に新たな試料・情報の収集を行わない場合、主に以下の4点の確認が必要です。
診療業務の一環として分析・検討や発表を行う場合、研究倫理審査の申請は不要な場合があります。しかし診療業務の一環であっても、適切な手続き上の配慮が求められます。
他方、診療を超える研究の場合は、予め倫理審査の申請と承認が必要です。

(1)診療業務の一環か、それともそれを越える研究か
「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針ガイダンス」第1章第2(1)の解説7(p. 4)では、例えば以下の行為は、「診断又は治療を専ら目的とする医療」の一環とみなされ、「研究」には該当しないとされています。したがって、これらは研究倫理指針の適用範囲外となり、研究倫理審査の受審は不要となります。
・ いわゆる症例報告(他の医療従事者への情報共有を図るため、所属する機関内の症例検討会、機関外の医療従事者同士の勉強会や関係学会、医療従事者向け専門誌等で個別の症例を報告する)
・ 医療機関として、自らの施設における医療評価の為、一定期間内の診療実績(受診者数、処置数、治療成績等)を集計し、所属する医療従事者等に供覧し、又は事業報告書等に掲載する
・ 自らの施設において提供される医療の質の確保(標準的な診療が提供されていることの確認、院内感染や医療事故の防止、検査の精度管理等)のため、施設内のデータを集積・検討する

診療業務の一環であると判断されるための条件
診療情報の分析・検討が診療業務の一環であるか否かは、次の①~④によって見分けるとよいでしょう。
①当該検討は、所属施設・部署の業務上、必要であること
②当該検討について、部署の責任者からの業務命令があること
③当該検討を実施したことが施設・部署内に報告・共有され、検討結果が業務に反映され、業務改善等に役立てられること。また、業務改善に役立ったことを学会抄録でも明記するとよいでしょう。
④施設・部署としての成果報告であり、抄録に挙げられた各個人の業績ではないこと。診療業務の一環として実施した成果として、部署の責任者が発表者あるいは著者に入り、謝辞にも施設・部署の成果であることを記載すべきでしょう。(もしも他施設の人たちが関与し、これらの人々が発表者や著者に入るのであれば、診療業務を超えた研究と判断される可能性があります。)

上記の条件に当てはまらず、診療業務の一環ではないと判断される場合は、研究とみなされるでしょう。研究の実施に際しては、予め倫理審査を申請し承認を受けることが必要です。事後の審査は受けられません。

(2)学会発表・論文投稿の要件として倫理審査が求められているか
学会や雑誌によっては、診療業務の一環であるか否かにかかわらず、発表や論文化の際に倫理審査を受けていることを要求されます。応募要項等を確認し、必要であれば倫理審査を申請してください。
また、もし学会発表では倫理審査が不要であっても、将来の論文化にあたり倫理審査の受審が必要と予想される場合は、早めの申請をお勧めします。

(3)医療情報の管理に関する施設ルールの確認と施設長の許可
診療業務の一環として研究倫理審査を受けずに学会・論文発表を行う場合でも、施設が管理すべき診療情報を用いて施設外で発表することは、「医療情報の持ち出し」にあたります。
医療情報の持ち出しについて所属施設のルールを確認して、必要な手続きを行い、施設長の許可を取得してください。これは患者の同意を得る手続きとは別のものです。

(4)インフォームド・コンセントの取得等
「研究」に該当しなければ研究倫理審査の申請は一般的には不要ですが、いずれにせよ対象者からの同意取得に関連する問題が残っています。施設外での発表が診療業務の一環であれ研究であれ、また診療情報を匿名化する場合でも、もし対象者が少数かつ来院中であるなど、コンタクトが容易な場合は、発表について一言お知らせして了承を得ておくことが望ましい姿勢です。しかし、それが難しい場合もしばしばあります。

2015年9月に「個人情報保護法」が改正され、今後全面施行されることで、医療情報の取扱いが厳しくなることが予想されます。改正個人情報保護法では、病歴(カルテ情報、レセプトデータ等)を「要配慮個人情報」としています。要配慮個人情報の取得と利用及び提供に関しては基本的に本人の明示の同意を得ることが必要となります。すなわち、診療の一環であるか否かにかかわらず、診療情報を施設外で発表する場合は、以前より慎重に、個別の同意取得が必要とされる可能性があります。

ちなみに、国立大学法人と独立行政法人等は改正個人情報保護法の適用外ですが(「独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律」が適用されます)、改正個人情報保護法の基本的な方針等は民間・公的機関とも適用されます。

もし診療情報の分析・検討が研究に当たると判断される場合は、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(以下統合指針)が適用されます。統合指針では、自らの機関において保有している既存情報を用いて研究を実施しようとする場合について、通知や情報公開とオプトアウトによりインフォームド・コンセントの手続きを省略することができるとしています(第12の1(2))。しかしながら、前述の改正個人情報保護法の施行により、指針の見直しが行われていることから、今後もこのような取扱いが可能かどうかは不透明です。(2016年8月現在)