2016年3月7日月曜日

Q. 研究責任者が職場を異動します。異動先で臨床研究を継続するにはどのような手続きが必要ですか?

Q. 研究責任者X氏は、今年度末でA病院を退職し、来年度からB大学で勤務することになりました。X氏は、現在A病院で実施している臨床研究の研究試料・情報を、B大学へ持って行き、B大学で研究を継続したいと考えています。どのような手続きが必要ですか。

A. 研究責任者X氏が行うべき基本的手続きは次の通りです。


現所属のA病院において
(1) A病院における研究試料・情報の移転に関するルールを確認し、試料・情報の移転について計画する。
(2) 異動先への試料・情報の移転と研究継続について、研究対象者の同意や拒否の機会の保障について計画する。
(3) これらを含めた研究計画の変更をA病院の倫理審査委員会に申請し、承認を得る。または、A病院での研究の中止・終了を報告し、B大学での手続きに移る。

B大学に異動後
(4) 以上の手続きを踏まえた研究計画について、B大学の倫理審査委員会に申請する。
B大学で研究実施の承認が得られたら、研究を再開できます。

基本的手続きはこのとおりですが、研究の形態や内容によって具体的な手続きが異なってきます。

(1) 試料・情報の保管責任と移転ルール
 研究試料・情報の保管責任は、第一に研究者X氏にあります。
 しかし、X氏の所属するA病院にも、その保管の監督責任があります。A病院で実施された研究の結果に関わる試料・情報については、A病院におけるX氏の上司や施設長(研究機関の長)が保管するか追跡可能としておくことが求められています。そして各施設でそのガイドライン(ポリシー)を定めることが提案されています。さらに、A病院の診療情報であればA病院に管理責任があるため、それを外部へ持ち出すには病院長の許可も必要と思われます。したがって、X氏は、A病院における試料・情報の移転ルールを確認し、もしルールが明確でなければ上司等とよく相談のうえ、試料や情報とそのコピーのうちどれをA病院に残し、またB大学へ移転すべきか、明確な計画を立てなければなりません。

(2) 研究対象者の同意や拒否の機会の保障
 もし研究対象者と直接話す機会があったり電話したりするのが容易な場合は、B大学への研究試料・情報の移転と研究継続について、口頭でよいので同意を得て、記録を残すのが最善です。
 しかし、試料・情報の移転について研究対象者から直接同意を得るのは困難な場合もあるでしょう。そのときは、研究対象者が他機関への試料・情報の提供について同意を与えていたか、また移転する試料・情報が個人情報を含むか、含まない場合はどのように匿名化されるか(個人情報と連結可能か、それとも連結不可能か)によって、研究対象者への説明と同意等を取得すべき方法も異なってきます。次に主な例を挙げます。研究倫理ガイドNo.4 のフローチャート右列「他施設から提供される場合」も参考にしてください。

◇ 個人情報を含む試料・情報を移転する場合
 個人情報を含む試料・情報で、他機関への提供に同意が得られていない場合は、できればB大学へは移転しない方がよいでしょう。しかし、もしそのような試料・情報をB大学へ移転しなければならない場合は、原則的には、A病院の掲示やホームページなどで研究対象者に対して情報公開を行い、B大学への試料・情報の移転について拒否(オプトアウト)を申し出る機会を保障する計画として、A大学の倫理審査委員会に申請し、許可を得なければなりません。そして、B大学でも、試料・情報の移転について情報公開を行い、オプトアウトの機会を保障します。また、個人情報を含む試料・情報で、他機関への提供に同意が得られている場合であっても、新たにB大学を提供先とすることについて、オプトアウトの機会を保障します。

◇ 連結可能匿名化して試料・情報を移転するが、対応表は持たない場合(A病院に共同研究者が残り、対応表を保持する場合等)
 連結可能匿名化して研究試料・情報を他機関へ提供する場合の、研究対象者との間での手続きについて、指針には規定がありません(指針p.19 第12の1(3)ア)。しかし、指針のガイダンスでは、本人同意の手続等を免れるための便法として匿名化を行うことは適当でないとも書かれています(指針ガイダンスp. 21)。そこで、試料・情報の他機関への提供について同意が得られていない場合も、得られている場合も、新たにB大学に試料・情報を移転することについて、A病院で情報公開とオプトアウトの機会を保障するとよいでしょう。そして、B大学でも、A病院からの試料・情報の移転について情報公開を行い、もし研究対象者が研究協力を取り止めたい場合はA病院の共同研究者へ連絡してもらうようにするとよいでしょう。対応表を持たないからといって、研究対象者に対して何も行わないのは望ましくありません。

◇ 連結不可能匿名化して(対応表を廃棄して)試料・情報を移転する場合(A病院に共同研究者が残らない場合)
 X氏は、対応表を廃棄してA病院を退職する前に、A病院において一定期間、B大学への試料・情報の移転について情報公開とオプトアウトの機会を設けるのがよいでしょう。連結不可能匿名化するからといって研究対象者に対して何も行わないのは望ましくありません。
そして、もしB大学に移転するのが既に連結不可能匿名化された情報のみであれば、指針の適用範囲外となるため、B大学での倫理審査は原則的には不要になります(B大学の倫理審査委員会事務局に確認するとよいでしょう)。他方、連結不可能匿名化した試料を移転する場合は、B大学でも倫理審査が必要です。

(3) A病院における研究計画の変更、または中止・終了
 研究責任者X氏がA病院を退職しても、A病院に共同研究者が残って研究が継続される場合は、A病院の研究責任者を変更し、B大学と共同研究を行う計画として、A病院の倫理審査委員会に研究計画の変更を申請します。
 研究責任者X氏の退職にともない、A病院に共同研究者が誰も残らない場合は、A病院での研究は中止・終了します。

(4) 異動先の倫理審査委員会への研究申請と審査
 X氏は、A病院での研究計画書とB大学への試料・情報の移転に関する倫理審査結果を添付して、B大学の倫理審査委員会に研究再開の申請をします。B大学で研究実施の承認が得られたら、研究を再開できます。
 B大学の倫理審査委員会は、A病院においてB大学への試料・情報の移転許可があったことを確認します。それを確認でき次第、暫定的に研究再開を許可したり、迅速審査で承認するといった施設内ルールを設けておくと、着任した研究者が速やかに研究を再開できるでしょう。暫定的な研究再開を許可する条件としては、例えば、着任後3か月以内に正式に倫理審査を申請し、1年以内にB大学で求められる研究倫理等の研修を受講するといったことが考えられます。
 
 
参考
(1) 試料・情報の保管責任と移転ルール

(2) 研究対象者の同意や拒否の機会の保障

謝辞 本参考事例をまとめるにあたり、協力専門家の一家綱邦先生にご協力いただきました。

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